奈落の底より愛をこめて

 滅びは、もうずいぶんと長い間、俺の恋人で、俺の友だった。

奈落の底から見上げる夜空は、宇宙の裂け目が吐き出す漆黒の闇のようで、たいそう美しかった。
その闇は、全てを包み込み、全てを平等に塗りつぶす。
王も奴隷も、聖職者も犯罪者も、金持ちも貧乏人も、等しく暗黒へ葬る。

俺は、その闇の優しさを愛した。

 

それに比べて、地上の体たらくはどうだ。
都市は光の洪水、広告は絶え間なく脳を刺激し、昼も夜もおかまいなしに欲望を煽る。
そこにあるのは、進歩ではない。
それは光を装った腐蝕であり、甘美を装った麻痺だ。

人間は、怖れから過去にすがる生き物だとは知っていたが、
現代の人間は、さらに怖れから「快楽」にすがる。
快楽は現代に出現した絶対君主だ。
旧時代の君主たちは剣で人々を従えたが、現代の支配者はアルコールと小さな画面で十分だ。

 

見てみろよ、通りを行き交う人の群れを。
誰もが小さな矩形の神託装置に心を奪われ、そこから流れ出る情報と画像に身を任せている。
美食、旅行、笑える動画、映える景色、見栄えのいいファッション、バズる投稿、そしてまた美食。
それは鎖ではなく、絹のロープのようだ。
痛みを感じない分、余計に抜け出せない。

かつては「苦楽を共にする」という言葉があった。
今では「楽」を共にすることしか頭にない。
苦しみを共にするなど、狂気の沙汰だ。
愛情も友情も、快楽と交換可能な消費財へとなり下がった。

 

しかし、快楽の沼は無限ではない。
やがて水位は下がり、沈殿した泥と腐った汚物が顔を出す。
その時、人々はようやく気づくのだ――自分たちが首まで泥に浸かっていたことを。

俺は奈落の底から見上げている。

奈落の底より愛をこめて。
宇宙の裂け目が吐き出す漆黒の闇はこの上もなく美しい。
その漆黒の美は、偽善と虚飾が支配する地上の光を、いずれ完膚なきまでに飲み込んでしまうだろう。

――さあ、息を止めるな、覚悟しておけ、終焉は香水よりも濃厚だ。



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