まもなく、肉体は意味を失う。
今まで人間の精神と魂を外界から隔てていたのは、この有機的な牢獄――肉体――だった。しかし、それが意味を持たなくなる日、境界は融け、精神と外界は直に接するようになる。
この拝金主義の渦巻く市場社会では、外見や肉体の才能や能力は、そのまま金銭の記号に変換される。
野球の球速は札束の厚みに、歌声は契約書の桁数に、顔の造作は株価の上下に、変換される。
英雄やヒロインと呼ばれるのは、ただ肉体の器官が優れていた者たちだ。
そして群衆は、彼らの外見や筋肉や声帯の性能を、人格や精神の高貴さと同義に錯覚し、祭壇に祭り上げる。
憧れはやがて自己投影に変わり、自己愛はそのまま偶像愛に変質する。
そこには精神の居場所はない。
彼らが実際には、夜毎に退廃的な享楽に耽り、低俗な宴で時間を溶かし、スマホの画面を無目的に撫でるだけの空虚な存在だったとしても、群衆はその蓋を固く閉じ、盲信を続ける。
だが、この戯画は長くは続かない。
技術の裂け目が世界を切り裂く日が来る。
VRと拡張現実の衣をまとい、人は己の外見や肉体を好きなように着替える時代が来る。
身体的な優劣は、廃れた通貨のように価値を失うだろう。
そのとき、何が人と人を分けるのか。
それは――精神性と魂だ。
もしかすると、その魂は可視化され、数値やアイコンとして頭上に浮かび上がるかもしれない。
五つ星の冠をいただく者、灰色の一つ星に沈む者。
貨幣の匂いしかしない魂は、当然、最低評価の烙印を押される。
旧時代、肉体的能力だけを誇り、精神を磨く努力を怠った者は、新時代の空気の中で呼吸すらままならない。
一方で、旧社会において無名であった者――
日々の困難に立ち向かい、他者を思いやる心を育て、自らの魂を研ぎ澄ませてきた者――
彼らこそが、新しい光の中で最も美しいとされる。
だが大多数は、金と娯楽と快楽の中で、今日も拝金主義と自己保身の腐臭を撒き散らしながら生きている。
彼らは気づかない。
資本主義が自らの加速で生み出した新時代が、やがて彼らをまとめてクリックし、ゴミ箱へ移動し、完全に削除することを。
それは、人類の「肉体の黄昏」であり、同時に「魂の夜明け」だ。
だが、その光はすべての者を温めはしない。
弱き魂、空虚な精神は、その光によってこそ影を濃くする。
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